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黙黙


by ukiyobiyori
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「京乱噂鉤爪」所感

■十月歌舞伎公演「京乱噂鉤爪(きょうをみだすうわさのかぎづめ)―人間豹の最期―」@国立劇場(10/24)
「京乱噂鉤爪」所感_c0108306_23343252.jpg
[http://www.ntj.jac.go.jp/performance/2802.html]

昨年の「江戸宵闇妖鉤爪」に続く、乱歩歌舞伎第2弾。
前回は乱歩の原作『人間豹』をベースに舞台化されていたが、今回は完全オリジナルの続編。
内容も、『人間豹』や乱歩の世界観を借りつつ、舞台を幕末の動乱に揺れる京都に移し、古典歌舞伎の要素も盛り込みながら、縦横に物語を展開していた。
前回は人間豹と隠密回り同心に設定された明智小五郎との対決が見物だったが、今回はそこに国の乗っ取りを企む陰陽師・鏑木幻斎が登場し、話のスケールを大きくしていた(パンフレットにも書いてあったが、幕末に陰陽師というトリッキーな組み合わせも歌舞伎ならではだなと感心)。
以下、各場面ごとの筋と感想。
舞台は第一幕のプロローグ「伏見近辺」で、薄暗い中、「ええじゃないか」を踊る群衆を人間豹・恩田乱学が無残に惨殺するところから鮮烈に始まる。
前回同様、ワイヤーアクションを取り入れた派手な立ち回り。
いったん幕が下がり、第一場「烏丸通り・きはものや」へ。
番頭と子役の丁稚が、ちりとりと箒で義太夫の真似事をするユーモラスなくだりから幕が開き、きはものやの場面。
先代が有名な人形師だったこともあり、先代の遺作の人形「花がたみ」を幻斎に売ることから、物語の伏線が張られていく。
花がたみを売るのに反対する、当代の妹・大子を染五郎が恩田と二役で勤めていた。
でかい体で番頭らを突き飛ばしたり、ごろごろ転がったりする様が笑いを誘う。
第二場「三条・鴨川堤」では、大子が物乞いに身を窶した実は公家の松吉と出会い、その松吉を狙う浪人を明智の子分・文次がやっつけるという、この後の展開に必要な出会いが続く。
第三場「化野・鏑木隠宅」は、鏡や人形が置かれたおどろおどろしい雰囲気。
幻斎と松吉こと実次、幻斎の女隠密・綾乃とのやりとりが続くところへ、突如、恩田が登場。
幻斎は、恩田の破壊衝動を自分の国の乗っ取りのために利用しようとし、実際に恩田はその策にいったんは乗せられてしまう。
第四場「一条戻橋」は、綾織りに扮した綾乃と、実次の父・実俊の従者に扮した明智とが出会い、綾乃による実俊暗殺を明智が未然に防ぐ。
明智は同心になる前、京都で人形師の修業をしていたという設定で(だから前回は菊人形が重要な役割を担っていた)、今回はその亡くなった師匠の弔いを兼ねて京都に来ているという体なのだが、この場面で、それだけではなく、恩田との決着を付けに来たという心境も明かされる。
ここからは怒濤の展開。
第五場「今出川・鴨川堤」で、明智、文次と大子が暢気に亡き師匠のことを語り合っていると、大子は松吉と仲良くどこかへ行ってしまう。
その脇、川を渡る屋形船で公家と薩摩の要人が会談していると、船頭が突如人間豹の姿を現し、二人を殺してしまう(これは幻斎の差し金)。
そこへ明智が登場し、一年ぶりの再会で互いの意志をぶつけ合うのだが、そこへ嵐による大水が来て、いずれも流されてしまう。
水色の布を使って激流を表現する中、流木や人まで流され、その水が引いたかと思うと、連続する第六場「羅生門」で舞台が回りながら、セリから幻斎が乗った朽ち果てた羅生門がせり上がってくる。
背景の書き割りもないだだっ広い真っ黒な舞台に、月光を表す照明のみが当てられ、回転しながらめりめり羅生門がせり上がってくる光景は、圧巻というほかない。
鳥肌全開。
ここで、幻斎、明智、恩田という主要キャストが揃い、それぞれの言い分を激しくぶつけ合う。
恩田は幻斎に操られているだけではないという主張をするが、それを聞いた幻斎は術で恩田を吹き飛ばしてしまう。
ここで、恩田の宙乗り。
しかも、花道の七三から客席を斜めに横切る形での、とびきりアクロバティックな演出で。
前回、席の都合で宙乗りがちゃんと見られなかった教訓を活かして、今回は二階席のしかも宙乗りの通る真下の席を確保していたのだが、これが大正解。
腰の両サイドに付けられたワイヤーを軸に、ぐるんぐるん回りながら客席上空を飛んでいく人間豹を迫力満点の位置で見ることができた。
まったくサーカス的、これぞケレンの極み!と大興奮だった。
壮絶な雰囲気のまま、第一幕は終了。
続く第二幕、第一場「四条河原町」。
今度は傾奇踊りの群衆の中に人間豹が現れ、またしても人々を惨殺。
さらには実俊まで殺してしまう。
そこにきはものやの当代と妻が京都から逃げようと出てくるのだが、無残にも倒幕派の侍に斬り殺されてしまう。
ここに大子がやってきて、身内を失った悲しみを嘆くところへ、実次が求婚し、幻斎へ真意を質しに行くのだが、続く第二場「化野の原」で綾乃に大子が殺されてしまう。
ここへ恩田(吹き替え)が現れるのだが、なぜか実次は殺さないで去ってしまう。
第三場「鏑木隠宅」では、恩田が幻斎の術で鏡の中に閉じ込められていて、いよいよ幻斎が国の乗っ取りに動き出そうとするところへ、明智と実次が登場。
しかし、幻斎の術で身動きが取れないでいると、亡き大子の鏡を持った花がたみが動きだし、幻斎の術を跳ね返し、自由になった恩田に幻斎はあっけなく殺されてしまう。
なかなかベタな展開だけど、花がたみと大子の関係など、なるほどと思わされる伏線がちゃんと張ってあることに感心。
ここからフィナーレへ。
第四場「如意ヶ嶽の山中」で、幻斎の術で日食が起こっている中、恩田はその首に掛かった賞金目当てにしている民衆に追い詰められる。
その場はなんとか逃げるが、岩山に登り、「人として生きられない存在は、この国には生きる場所がないのか」と自問し、「もっと広く大きな空を探しに行くぜ」と自ら火を放ち、最期を迎える。
なぜあれほど残忍な恩田が、最期は自ら火を放って死ぬのか、という点は謎といえば謎だ。
もちろん、話の展開上、恩田に壮絶に死んでもらわないと面白くないというのはあるだろう。
ただ、前回の舞台では、乱歩の原作では単なる無差別殺人鬼として描かれていた恩田を、より人間の負の部分の集約の結果誕生した存在として描き出していた。
そうした性格を今回も引き継いでいると考えると、恩田は最期に、自分のような社会の負の部分が存在し得ない社会というのは本当に良いんだろうか、という問題提起をして死んだという風にも考えられる。
それが、幕末という世界が画期的に変わろうとしている時期であるということも合わせると、なおさらそういうような気がしてくる。
エピローグ「大文字を望む高台」では、明智と文次、実次が揃い、お札とともに空から降ってきた明智の鉤爪を見つめ、明智がその思いの丈を語るのだった。
恩田の死の理由を先のように考えておくと、明智のこの述懐もなんとなく分かる気がする。
日食の暗がりの中での恩田の焼死と、日食が明け、銀色の灰(?)が降りしきる中、恩田への思いを語る明智との、この陰と陽のコントラストが、何とも言えず美しかった。
もちろん、現代的な感性でいえば、乱歩の原作における恩田の不可解な存在の方がより近いものがあり、魅力的に感じるが、「乱歩歌舞伎」という括りで考えたときには、ある種の分かりやすさやカタストロフ、鑑賞後のすっきりした感じなども大事だろうから、これはこれで良かったのだろうと思う。
これでひとまず恩田は死に、乱歩歌舞伎という試みも一区切りになっただろうが、乱歩にはほかにもまだまだ不気味で魅惑的な作品が多い。
「帰ってきた人間豹」として、実は死んでなかったという体でさらに続編を創っても良いし、別の明智と魅力的な犯罪者たちの対決を取り上げても良いし、とにかくこうした試みは続けていって欲しい。
今回は、あえて筋書きを事前に詳しく読まないまま見ていたが、「次はどうなっちゃうの?」というワクワク感は、古典歌舞伎にはない、新作ならではの楽しみだ。
そしてまた、猿之助が現役を退いてしまった現在、ケレン味全開で舞台を創る役者が少なくなってきたことも事実で、そう考えると、こういうサーカス的な舞台の必要性は自ずから高まってくる。
今後もこうした刺激的な舞台づくりが続いていくことを切に、切に願う。
by ukiyobiyori | 2009-10-25 23:43 | 歌舞伎